ここがどこだか分からない。
自分が誰なのか分からない。
何のために存在しているのかさえも定かではない。
視界を埋めるのは光も届かない暗黒。目を閉じて光を締め出しているのか、目を開いて闇を見ているのかも分からない。女には既に身体の感覚はなく、浮かんでは消え行く断続的な意識しか無かった。今や、それすらも消えようとしているのだけは分かる。朗々と意識を揺らす声が終わりを運んでくるのだ。
それが何を告げているかなど分からなかったが、終わりだけを確かに意識させられる。
それも当然なのだろう。
何故ならば、女には名が無い。誰かに呼ばれることも無い女は、この世に生まれてさえいないのかもしれない。
女神素体と呼ばれるのは、女の肉体であり器でしかない。誰も女を呼ぶことは出来ない。
女の名を呼んでくれるかもしれない誰かがいたはずだが、思い出せない。
もしかしたら最初からいなかったのかもしれない。
浮かんでは消え行く意識が見た一睡の夢だとしても驚きはしない。もう驚くことさえも出来ないだろうから、関係の無いことだった。暖かな想いも、他愛の無い望みも、全てが全て一睡の夢だ。目が覚めれば、全てが消え去る。
そうだ、と言葉が浮かんで消える。
全ては終わるのだ。そのためにこの身体はあり、そのための力が満ちていく。
意識を飲み込んでいく力の渦は徐々に強まり、自我が浮上する回数が減っていく。ただひたすらに深く激しい力が渦巻き、解放の時を待っている。
渦のそこで言葉を作ろうとも、形にならずに泡となって弾けるだけだ。やがて泡さえも生まれなくなる。吐き出すものが無くなったのか、吐き出すことさえも出来なくなったのか。生まれても消えるだけと分かって何かを作ることほど徒労だと分からないはずも無い。ならば、ただ静かに渦の底で蹲るだけだ。
それでも、意識せずに生まれてくるものがある。それは渦の底にあろうと流れ出し、溶け出し、渦の色を変えていく。
無色だったはずの力に色をつけるものがある。
それは生んだ本人すら気付かないものだ。
何故ならば、自覚が無い。
何故ならば、生まれる理由があるはずが無い。
何故ならば、その名を知らない。
だがしかし、それはそこにあり、今も着々とその色に力を染め上げていく。
女神素体を部品として扱うものさえも、内に沈む女の意識でさえも気付いていない。
その色は、たった一つの感情がもたらす色だ。
感情の名は、憎悪。
「何もかも終わってしまえ」
言葉は誰にも届くことなく、泡となって弾けて消えた。