結局、あれから十分間未確認飛行物体は存在し続けた。
現代の情報伝達速度は凄まじい。携帯で動画を撮り、即座にネットにアップすることで音よりも早く世界を駆け巡る。一日も経たずしてトップニュースとして躍り出るだろう。
確認しようと思えば携帯で確認できるだろうが、怖いので確認はしない。それに鳴雪の携帯は最後にメールを一方的に送ってから電源は切ったままだ。事実と向き合わないためにもそのままにしておく。
何より、確かめずとも人の動きは余りにも分かりやすかった。
「どうなるんだろう、これ……」
場所は再び高空。眼下の人の動きは慌しく、UFOが消え去ったばかりの空を見上げて騒いでいるものもいる。流石に幻覚の一言で収集がつく事態だとは思えない。画面越しに見る信憑性の薄いゴシップとは違うのだ。肉眼で確認した事実があったのだから。
その事態を作り出したのは、鳴雪の意思だ。鳴雪が望んだ結果としてこうなった。
無論、鳴雪には本来そのような力はない。平々凡々な男子高校生と自称するように、UFOを呼び出すような力はないのだ。その力を持つものは別にいる。
隣を見れば涼しい顔で眼下の人の流れを見ている。人という存在から美以外の価値を削ぎ落としたような少年。だが人形ではなく、確かに意思を持って行動する存在だ。
今更ながらに力の大きさを実感する。そしてこれだけの力を持つ存在がこの世界に存在していることに恐怖が生まれる。背筋を上る震えは決して寒さのせいではない。
「随分と憂鬱そうだけど心労でもたまってるの? 健康によくないよ」
「たまったんだよ。たった今」
「うん? 何かあったかな?」
「あったろ! 大事件! もう今晩はUFO特集で大騒ぎだよ!」
「あんなの大したことないよ」
「何で!?」
「だって、もっと大きな嘘を本当にしなければならないかもしれないんだよ?」
こんなの小さい小さい、と簡単に言う少年の言葉でようやく鳴雪の思考が前を向いた。そう、まだ始まったばかりなのだ。そしてこの先にこれよりも簡単なものばかりだとも思えない。
「ちなみにあれはどれぐらいのハードルを選んだつもりだったんだ?」
「君に力の使い方を覚えてもらうためだから、簡単なのを選んだつもりだよ。ベリーイージーなやつを」
「ベリーなのか……」
力の使い方を覚えれば、確かにあの程度は簡単にクリアできるだろう。実際、もうある程度は出来ると確信はある。出現させるのも消去するのも可能なはずだ。後は自らの意思の統制だが、それは数をこなすしかない。
つまり、これより先に控えているハードルは今のよりも高いということだ。
「……もう帰って寝たい」
「まだあの程度だと明日を迎えられないと思うけどね。永眠がお好み?」
眠りは好きだし、目覚めは嫌いだ。だからといって永遠は欲しくない。
自分の懐にも納まらず、抱えることも出来ず、背負うことも出来ないものなど、捨てるしかないのだ。そんなものを欲したところで意味がない。
それなりでいいのだ。それで十分。
そのために鳴雪はここにいる。
「それで俺の努力はどれぐらい天秤を傾けたよ? もう世界の十分の一ぐらいは救ったんじゃないのか?」
「これぐらい」
少年の取り出す天秤。相も変わらず貧相なものだが、その両皿に乗っているのは世界を左右しかねない嘘と真実だ。その均衡の崩れが世界の許容範囲を超えたとき、世界は終焉を迎える。
初めに見たときは鳴雪にも明らかなほどに天秤は傾いていた。
その傾きを是正するために鳴雪は力を尽くした。
その結果が目の前にある。
「変わってねえ!?」
「いや、ほら。変わってるよ。傾いてるよ。少しだけ僅かに。肉眼では確認できないぐらい」
「俺の努力は肉眼で確認できないほどなのか……」
実際、鳴雪の目には変化が見えない。是正されているのか、あるいは終焉へと向かっているのかさえも分からないほどだ。一つの嘘を真実に変えたところでこれならば、一日かかっても世界を救うことは不可能だ。
「これでも結構動いたほうだよ。UFOを見たことがあるって嘘でもついたのが周りにもいたのかな」
「これで? これだけで? これっぽっちで!?」
「嘘には重さがあるのさ。さっきのは軽い嘘だからね。真実にするのにもそんなに労力は要らなかった」
「……世界を救うためには重い嘘を真実にしなければならないと?」
「その通り」
その労力とやらがどれほど必要なのか検討もつかない。
全く以って世界とは度し難い。
そうまでしなければ存続できない。
そうまでしなければ存続できないほどに追いやったのはきっと自分たちなのだ。
そうまでして存続させるべき価値があるのかどうかも分からない。
「思いついた」
「どうしたの?」
「俺が真実を言いまくればいいんじゃん。そうなれば労せず世界は救われるし、余計な騒ぎも起きない。まさに完璧っ」
「無理駄目却下」
「えー? 道理は通ってるはずだろ?」
「前提条件が間違ってるよ。ルールを知ったものの言葉は重みを失うんだ」
「何!? そんなの聞いてないぞ」
「言ってないからね。大体そんな方法で世界を救えるのならば、わざわざ僕の権能を貸し与えたりしないよ。君が勝手に騒いでいればいいだけだしね」
「むぅ……いいアイデアだと思ったのにな」
だが少年の言葉ももっともだ。鳴雪の考えが正しいのならば、口数だけで世界を救えてしまう。そんなに簡単にゲームが終わるのは望みではないのだろう。
ルールを知らなければ言葉の重みに気付かない。
ルールを知ってしまえば言葉の重みを失う。
つまりは少年の言うとおりに嘘を真実に変えるしかない。
「難儀なことだ」
「君にとって一度でも世界が容易であったことがあったかい?」
無論、無い。
どこまでいってもそうであり続けるのが世界だ。
鳴雪独りでは世界をどうこうできるはずがない。
終わらすことが出来るはずがない。
「そうと分かれば、急ぐか。次だ」
「どうする? 次はイージーぐらいにしておく?」
「いいや、ノーマルだ」
難儀であろうとも、わざわざ困難を選ぶ必要は無い。
普通のゲームならばノーマルで十分グッドエンドは見られるはずだ。